セラピストが対象者と信頼関係を形成する行為のプロセスについて

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研究代表者
研究代表者

本内容は,2021年に日本保健科学会誌24巻1号に掲載された原著「リハビリテーションセラピストが対象者と信頼関係を形成する行為のプロセスに関する質的研究」に加筆・修正を加えたものである.ホームページにおける情報の使用については,日本保健科学学会の承認を得た.

「論文はこちらhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/jhsaiih/24/1/24_48/_pdf

Q
1.研究の目的と意義

・研究の目的

セラピストが対象者とどのように信頼関係を形成しているのかの行為のプロセスを明らかにすること.

・研究の意義

この研究の結果を臨床応用することで,質の高いサービスやヘルスケアの安全につなげること.

Q
2.方法

1)本研究のデザインと統合基準

本研究は,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Modified -Grounded Theory Approach,以下,M-GTA)による分析を行う質的研究デザインを用いました.

本研究は,完全で透明性のある報告の促進と,インタビューによる研究の厳密さ,包括性,信憑性の向上のために,Consolidated criteria for reporting qualitative research (COREQ)1)にある32項目のチェックリストに準拠して行われました.

2)対象の基準と人数

 対象はリハビリテーションに携わるPT,OT,STとしました.

対象の条件を,対象者と信頼関係の形成に努め,その経験を持つ臨床経験5年以上のセラピストと操作的に定義しました.

サンプルサイズは,M-GTAの手法に準拠して,信頼関係の形成の概念が理論的飽和化に至るまでの数としました.

3)対象の募集方法

 対象の募集は,上述した操作的定義を満たすことに推薦できる私たち(研究者ら)の知人,もしくは,知人から紹介された人に行いました.

また,信頼関係の形成の概念が理論的飽和化に至るまでの間,PTとOTとSTのサンプリング数にできるだけ格差が出ないよう,選択的に募集を行いました.

4)インタビューの方法と手続き

 私たちの質問に対し,恣意的な応答を誘導しないようインタビューガイドを作成しました.インタビューガイドは次の3つで構成されています.

➀信頼関係の形成に対して対象が主体的に表出する自己概念を抽出するために,思い浮かぶことを20個聴取

②最も優れた信頼関係を形成できた事例を回想してもらい,その時に行った行為を聴取

③第2の質問とは対照的に,信頼関係の形成が最も困難で,努力した事例を回想してもらい,その時に行った行為を聴取

インタビューは,まず,対象の属性として,「臨床経験年数」と「職種とこれまでや現行の臨床領域」を聴取しました.次に,インタビューガイドを用いて,対象者との信頼関係をつくるにあたってどのような経験をしたかに関するインタビューを行い,ICレコーダーで音声録音しました.

インタビューは,インタビューガイドに則して,プライバシーが保護でき,かつ,対象者の希望した場所と時間と方法で,面接者のみとの対面か電話により,各対象につき1回実施しました.面接者は,いずれも臨床経験10年以上の男性作業療法士である研究者2名が担当しました.インタビューは,2017年12月8日から2020年7月31日まで実施しました.

4)分析方法

対象から得られる情報の信憑性や正確性を高めるために,面接者が音声録音から質的データである逐語録を作成し,インタビューの所要時間も算出しました.

分析には,M-GTAを用いました.

本研究の分析テーマを「セラピストが対象者と信頼関係を形成する行為のプロセス」とし,分析焦点者を「対象者と信頼関係の形成に努め,その経験を持つセラピスト」としました.

概念名,定義,具体例,理論的メモを記入した分析ワークシートから,質的データを概念化し(表1),概念の理論的飽和化が判断できるまで継続しました.理論的飽和化の判断は,研究者によるトライアンギュレーションを用いるとともに,補完的にシュナーベル法から算出された理論的飽和率を確認しました.

その後,各概念の相互の関係を検討し,カテゴリを作りました.また,各カテゴリの相互関係を検討し,大カテゴリを作りました.

カテゴリと大カテゴリの相互関係を結果図としてまとめ,分析テーマに示したプロセスのストーリーラインを作成しました.

5)倫理的配慮

本研究は,常葉大学研究倫理委員会の承認(承認番号2020-301H)を得て実施されました.本研究への参加は自由意思に基づくこととなどを対象に口頭と書面で説明し,同意を得ました.

最小限の時間で面接ができるインタビューガイドを作成し,他者に聴取されないよう個別面接を行い,プライバシー保護に配慮しました.

Q
3.結果

1)対象(表1

・対象は作業療法士5名,理学療法士4名,言語聴覚士3名の合計12名

・臨床経験年数の中央値は10.5年(6年から33年)

・対象の臨床領域(表1

・インタビューの平均時間は58分46秒±38分9秒

2)理論的飽和化

・12名のデータが得られた時点で,理論的飽和化が達成されたと判断しました

・12名の半数となる6名を遡った理論的飽和率は99%であり,補完的にシュナーベル法を用いても理論的飽和化であったことが確認できました

3)概念とカテゴリの結果(2

・大カテゴリを≪≫内に,大カテゴリごとに含まれるカテゴリを【】内に,その中に含まれる各概念を[]内に説明

≪信頼関係の形成を導く10の基本的姿勢≫

セラピストは[関係重視の姿勢],[無知の姿勢],[興味を持つ姿勢]からなる【他者に関心を持ち関係形成に臨む姿勢】と[包括的かつ非審判的な姿勢],[平等な姿勢],[責任を持つ姿勢]からなる【対等に接する姿勢】という他者への基本的姿勢を備えていた.それを前提に,セラピストは[敬重かつ寛容な姿勢],[対象者中心の姿勢],[情熱的な姿勢],[模索と工夫と吟味の姿勢]からなる【関係を強化するための姿勢】に努めていた.

≪信頼関係の形成を導く基本的配慮と内省≫

セラピストは,[話の傾聴],[落ち着いた環境作り]などの【コミュニケーションへの配慮】と[相手に合わせた関わり],[無理にさせない]などの【関係性への配慮】を行っていた.このように信頼関係の形成に取り組み,【できたこととできなかったことへの内省】をリハビリテーションにおける全過程で行っていた.

≪情報収集と共有および初回面接と評価における行為≫

 セラピストは【情報収集と共有】を経て【初回面接】を行い,【評価】を実施していた.【情報収取と共有】は,対象者や家族と関わる前に行う[事前の情報収集]と対象者や家族に会った時に行う[一般情報の聴取],および,[方向性や予後の確認]や[疾病や障害の理解や洞察],[現状の伝達や体験]であった.【初回面接】では,[事前の観察や洞察]を経て[初回面接時の洞察]を行い,[挨拶と自己紹介]の後に,[オリエンテーション]や[キーパーソンとの接触]が行われていた.【評価】は[心身機能の評価],[生活や環境の聴取や観察],[ニーズの確認],[興味や価値の聴取]であった.

≪介入計画における行為≫

【目標設定】として[妥当な目標設定]行った後,【合意形成と共有】として[目標への合意形成]と[他職種との目標共有]を行い,【プランニング】として[介入内容や時間の決定と確認]が行われていた.

≪介入における行為≫

 【プロセスからみた介入】,【工夫】,【体系でみた介入】が行われていた.【プロセスからみた介入】は,[その日の状態の確認]により,[介入の段階付け]をふまえて,[状態に合わせた介入]を実施後,[介入による変化の洞察]をもとに[フィードバック]し,[課題の提供]や[適切な記録]を実施することであった.こうしたプロセスの中で,[状態に共感する]や[効果をしっかり出す],[担当の代行や交代]といった【工夫】が行われていた.また,これらのプロセスを,[連携による介入]や[環境をふまえた介入],[協業による介入],[長期的な見通しをふまえた介入],[専門職独自の視点による介入]といった体系的観点により実行していた.

≪介入計画の変更やフォローアップにおける行為≫

 【目標の確認と変更】,【説明とフォローアップ】が行われていた.【目標の確認と変更】では,[目標達成の確認]により,必要があれば[目標の変更]が行われていた.【説明とフォローアップ】では,[終了後の方針と予後の洞察と説明]とともに[フォローアップ]を提供していた.

4)セラピストが対象者と信頼関係を形成する行為のプロセスのストーリーライン(

 セラピストはまず,【他者に関心を持ち関係形成に臨む姿勢】と【対等に接する姿勢】および【関係を強化するための姿勢】で構成される≪信頼関係の形成を導く10の基本的姿勢≫を備えていました.

その姿勢のもとで,セラピストは,

第1に【情報収集と共有】を経て【初回面接】を行い,【評価】を実施する≪情報収集と共有および初回面接と評価における行為≫を実行していました.

第2に,セラピストは【目標設定】後に【合意形成と共有】を行い,【プランニング】する≪介入計画における行為≫を実行し,そして,第3に【プロセスからみた介入】や【工夫】や【体系でみた介入】を行う≪介入における行為≫を実行していました.

最後に,セラピストは【目標の確認と変更】と【説明とフォローアップ】を行う≪介入計画の変更やフォローアップにおける行為≫を実行していました.

そして,これら一連のリハビリテーション過程の実行とともに,その全過程において,セラピストは【コミュニケーションへの配慮】と【関係性への配慮】および【できたこととできなかったことへの内省】を行う≪信頼関係の形成を導く基本的配慮と内省≫により,対象者との信頼関係を形成していました.

Q
4.考察

1)セラピストが対象者と信頼関係を形成する行為のプロセスを支持する背景

厚生労働省は,「調査(Survey):利用者の状態や生活環境をふまえる」,「計画(Plan):多職種協働による計画の作成」,「実行(Do):リハビリテーションの提供」,「評価(Check):提供内容の評価」,「改善(Action):評価結果をふまえた計画の見直し」というSPDCAサイクルを通じて,リハビリテーションマネジメントの質の管理を行うよう通知しているます2).本研究で明らかとなった≪情報収集と共有および初回面接と評価における行為≫,≪介入計画における行為≫,≪介入における行為≫,≪介入計画の変更やフォローアップにおける行為≫というプロセスは,まさしく,このSPDACサイクルを反映していると見なすことができます.従って,これらのプロセスは,厚生労働省が示すリハビリテーションマネジメントの基本的な考え2)からしても齟齬はないと考えられるでしょう.

2)対象の属性の影響

対象の臨床経験年数の中央値は10.5年で,かつ,範囲は6年から33年でした.従って,本研究では,中堅以上のキャリアを持つセラピストの行為を集約できたと考えられます.

なお,リハビリテーションは,診断・治療が行われる急性期を経て,回復期では主に医療保険下で,維持期・生活期では主に介護保険下で展開されます3).本研究の対象の臨床領域は,急性期病院,回復期リハビリテーション病棟,認知症治療病棟,療養型病院,障害者支援施設,介護老人保健施設,通所リハビリテーション,訪問リハビリテーションでした.これらの臨床領域のうち,急性期病院,回復期リハビリテーション病棟,認知症治療病棟,療養型病院,および,障害者支援施設は医療保険下で,介護老人保健施設,通所リハビリテーション,訪問リハビリテーションは介護保険下で機能しており4),おおむね急性期から回復期へ,そして,維持期・生活期へと展開されるリハビリテーション過程が含まれていると解釈されました.従って,本研究で明らかとなったプロセスには,急性期,回復期,維持期・生活期といった一連の病期を背景にした行為を集約できたと考えられます.

3)本研究の意義

 本研究により,PT,OT,STという「セラピストが対象者と信頼関係を形成する行為のプロセス」について,69個の概念を生成し,その理論的飽和化が確認されました.そして,これらの概念に基づく行為の実行により,セラピストが急性期,回復期,維持期・生活期といったいずれの病期においても,対象者との信頼関係を形成する手がかりをつかむことができると考えられます.

また,これらの概念に基づく行為の実行状況を精査すれば,セラピストと対象者との関係性における利点や問題点も明らかにできると考えられます.本研究成果の利用が,セラピストの最適な行為を導き,対象者とのより良い信頼関係の形成を促進すれば,質の高いサービスやヘルスケアの安全をもたらすと期待できます.

Q
5.結語

セラピストが対象者と信頼関係を形成する行為のプロセスを明らかにするために, PT4名,OT5名,ST3名の合計12名にインタビューを実施後,M-GTAによる分析を行った.その結果,10の基本的姿勢を備え,情報収集と評価,介入計画,介入,介入計画の変更やフォローアップという一連のリハビリテーション過程の遂行,および,コミュニケーションや関係性への配慮とセラピストの内省というプロセスが明らかとなった.

Q
6.文献

1) Tong A, Sainsbury P, Craig J. Consolidated criteria for reporting qualitative research (COREQ): a 32-item checklist for interviews and focus groups. Int J Qual Health Care. 2007; 19(6): 349–357.

2) 厚生労働省.リハビリテーションマネジメント加算等に関する基本的な考え方並びにリハビリテーション計画書等の事務処理手順及び様式例の提示について.https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000199137.pdf (最終アクセス2023.05.01).

3) 厚生労働省.個別事項(その1) (リハビリテーション、医薬品の効率的 かつ有効・安全な使用).https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000548708.pdf(最終アクセス2023.05.01). 4) 厚生労働省.[テーマ3]リハビリテーション 参考資料.https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000162530.pdf(最終アクセス2023.05.01).

関連する企業や営利団体等との利益相反

 本研究は論文に関連する企業や営利団体等との利益相反(COI)は一切ありません.

謝辞:本研究にご協力頂いたリハビリテーションセラピストの皆様に深謝申し上げます.

本研究はJSPS科研費JP20K14100の助成を受けたものです

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